正月三が日の最終日。七福神巡りでもと思い行ってきますた。ただ夕べの酒(五郎八)が抜けず、昼まで唸ってますたが。さて今年は谷中にしまつ。
スタートは不忍池にある弁天堂でつ。ここで台紙を購入(1000円)し、各お寺で朱印(200円)をいただくわけでR。台紙を購入する時に渡されるのが上の案内図。記念スタンプを押してきますた。本日のコースは弁天堂から田端の東覚寺にとび、上野高校隣の護国院を目指して南下することにしますた。七福神巡りはスタートとフィニッシュが肝心だと思うのでありまつ。
「不忍池弁天堂」弁財天(御利益 愛敬)
台東区上野公園2-1 03.3821.4638
さてスタートは不忍池弁天堂でつ。不忍池に浮かぶ小島に建っているというイメージですな。場所がら人出は多いでつな。1625年に寛永寺が開かれた際に不忍池を琵琶湖に見立ててこの小島に弁才天を祀ったのが始まりでR。
「東覚寺」福禄寿(御利益 人望)
北区田端2-7-3 03.3821.1031
弁天堂から頑張って田端の東覚寺までワープでありまつ。東覚寺手前の不動堂前に異様なモノがありまつ。なんか皆お参りしながら赤紙を貼ってまつ。聞いたらこれは一対の仁王像だという。そしてその左側には草鞋がたらふくぶら下がっておりまつ。何でも身体の悪い部分と「赤紙仁王像」の同じ箇所に赤紙を貼り、完治したら草履を奉納するシキタリだという。
「青雲寺」恵比寿(御利益 正直)
荒川区西日暮里3-6-4 03.3821.4241
続いて西日暮里の青雲寺でお参り。青雲寺は花見寺とも呼ばれておりまつ。ここに限らずお正月のこの時期に七福神が拝めるのでつな。小奇麗な恵比寿様でありますた。
「修性院」布袋尊(御利益 大量)
荒川区西日暮里3-7-12 03.3823.0873
青雲寺のすぐ傍に修性院がある。「ひぐらしの布袋」と呼ばれる布袋尊はでかい、迫力ありまつ。記念写真を撮ってる人も多いでつ。
「長安寺」寿老人(御利益 長寿)
台東区谷中5-2-22 03.3828.1094
いよいよ谷中に入る。長安寺は門をくぐると左側にすぐ墓場が迫っている。通路のみで人がごった返してる状況ですた。寿老人は本堂内に祀られている。寺伝によれば、一人の老翁がこの地にお堂を建て寿老人の像を祀っていた。老山和尚がこのお堂に宿を借りたところ、老翁はこの堂を守って寿老人をお祀りするようにと告げ、姿を消した。これが長安寺寿老人の由来という。
「天王寺」毘沙門天(御利益 威光)
台東区谷中7-14-8 03.3821.4474
ラス前は同じ谷中の天王寺。谷中墓地の中心ともいえるお寺。近くには五重塔跡地もあり結構有名でつな。境内には大仏がありまつ。
「護国院」大黒天(御利益 富財)
台東区上野公園10-18 03.3821.3906
谷中をブラブラして上野桜木で不忍通りを渡っていよいよラストの護国院に到着でありまつ。我が母校のお隣。大黒天が祀られてまつ。
護国院前の、上野高校正門前を通り池之端東畔に至る緩やかに曲がった通りは「清水坂」と呼ばれている。通りの西側は旧町名「谷中清水町」。豊橋藩大河内邸の敷地を1町として起立した。町名の由来は、護国院前にあった清水門にちなむという。昭和42年に3分割され、大部分が池之端4丁目になった。作家円地文子が住んでいた閑静な住宅街である。その先の上野花園町では森鴎外が新妻登志子と暮らしていた。現在の都立上野高校は、昭和三年、公園内の護国院跡地に移転落成されたものである・・・そうだったのか。
↓ さてこれが本日の成果でつぞお。プチ達成感を味わえますた。
途中ぶらついた谷中の風景をおまけに・・・。注目すべきは中央の画像でR。
小京都的な風景、観音寺の築地塀でR。 [つきじ塀]じゃなくて[ついじ塀]と読む。瓦を練り込んだ築地塀が40メートルほどの長さで続いている。